この合唱団の少年達は、むろん普通の勉学も課せられますが、しかしなんといっても歌が生活の中心にあり、音楽漬けの日々を送るようです。
日常的にバッハを練習し、毎週礼拝で演奏するというのが普段の流れだそうで、さらにあれこれの行事や海外への演奏旅行なども含まれます。
(バッハ以外の作品も歌うようですが、やはり大半はバッハ)
先生の話では、普通であれば一曲仕上げるのに半年もかかるカンタータを、聖トーマス教会合唱団の少年達はわずか一週間で仕上げなくてはならないのだそうで、そのハードさとレヴェルの高さは並大抵ではありません。
ちなみにバッハのカンタータは教会カンタータだけでも200曲近くあり、これだけでCDの60〜70枚に相当するほどで、カンタータ以外にもたくさんあるのですからとてつもない世界です。
このドキュメンタリーで紹介された南米各地の公演では、なんとバッハの合唱作品における最高傑作といわれるミサ曲ロ短調が演奏曲目でしたが、CDでも3枚にもなるこの大曲を荘重かつ活き活きと披露していたのは圧巻でした。
あんな少年達が当然のような顔をしてこんな大曲を歌い通すだけでも驚きですが、その指導をする先生がまた素晴らしく、あふれ出る音楽は気品に満ちて活気があり、聴く者に感銘を与えずにはおかない彼らの能力にはまったく脱帽でした。
クリスマスには当然ながらこれまた傑作の誉れ高いクリスマス・オラトリオが登場しますし、このドキュメンタリーの後には、今年4月におこなわれた聖トーマス教会での「マタイ受難曲」までやっています。
南米公演に選ばれなかったあどけない少年が、いろいろ質問された挙げ句に「僕は受難曲が好きです」などとごく普通に言うのですからたまりません。
彼らはバッハの膨大な作品と真髄に10代という最も多感な時期に深く触れて、魂の飛翔と超越をその身体に刻み込むのだろうと思うと、素晴らしい反面、なにか恐ろしいような気さえしてきました。
指揮者であり、トーマス・カントール(バッハもここで同じ職務を果たした)のゲオルク・クリストフ・ビラー先生は、自身も同合唱団の卒業生で、生徒達を忍耐強く献身的に指導していらっしゃいました。
音楽的な指導はもちろん、人としての心構えや演奏会での注意など、厳しさと愛情深さに裏打ちされたその教えは実に多岐にわたり、こういう偉大な先生と出会うことひとつをとっても、この合唱団に入って10年の歳月を過ごす価値があるというものでしょう。
このビラー先生というのが見るからにドイツの音楽家然とした風貌で、その面立ちは白いカツラを被せればそのままバッハになるようでしたし、じっさい彼の頭の中にはバッハの全作品が克明にインプットされているといった印象でした。
この合唱三昧の様子を見ていると、いかにバッハの音楽というものがポリフォニックな多声部の重なりによって成り立っているかということを、あらためて、新鮮に、認識させられたようでした。