弦楽伴奏版

ソン・ヨルムは、2009年のクライバーンコンクールおよび2011年のチャイコフスキーコンクールでいずれも第2位に輝いた韓国の若い女性ピアニストです。

少し前にショパンのエチュードのアルバムが発売になっていますが、これは遡ること8年も前に韓国で録音発売されていたものが、ようやく日本でもリリースされたもので新しい録音ではないようです。
同時期に出たもうひとつのアルバムにノクターン集があり、これは2008年、つまり彼女がクライバーンコンクールに出場する前年にドイツで録音されたものですが、これは非常に珍しい弦楽伴奏版というものであることが決め手になって購入してみました。

オーケストラはルーベン・ガザリアン指揮のドイツのヴュルテンベルク室内管弦楽団で、2枚組、遺作を含む21曲のノクターンが収められていますが、そのうちの4曲のみ弦楽伴奏はつかず、オリジナルのピアノソロとなっています。

演奏はいずれもクセのない、繊細でしなやかな、概ね見事なもので、そこへ弦楽伴奏が背後から乗ってくるのはいかにもの演出効果は充分にあると思いました。
編曲は韓国の二人の作曲家によるもので、ソン・ヨルム自身も編曲作業には深く関与したという本人の発言があり、オリジナルの雰囲気を尊重し壊さないために最大限の努力と配慮が払われたということです。

それは確かに聴いていても納得できるもので、ショパンの原曲が悪い趣味に改竄されたという感じはとりあえずなく、どれも情感たっぷりにノクターンの世界を弦楽合奏の助力も得ることで、より印象的に描き込んでいるという点ではなかなか良くできていると思いました。

ただ、不思議だったのは、ひとつひとつはそれなりに良くできているようでも、続けて聴いていると次第にその雰囲気に満腹してしまって、その味に飽きてしまうことでした。

どことなく感じるのは、たしかになめらかなショパンではあるけれども、同時に韓流ドラマ的な臭いを感じてしまうことでした。韓国人の編曲だからということもあると思いますが、一見いかにも夢見がちで流れるような美しい世界があって耳には心地よいのですが、魂に触れてくるものがない。
たとえば弦楽伴奏付きの第1曲であるホ短調op.72などは、聴くなりまっ先にイメージしたのは何年も前に流行った「冬のソナタ」でした。

マロニエ君としては、ショパンはあの甘美な旋律などに誰もが酔いしれるものの、その真価は知的で繊細で、奥の深いどちらかというと男の世界だと思っています。ところが、この弦楽伴奏版ではその甘美な世界が、いわゆる少女趣味的な甘ったるい世界になっているのだと思いました。

世の音楽好き中には「ショパンは嫌い」「ショパンはどうも苦手」という人が少なからずいるものですが、その人達は何かのきっかけでショパンをまるでこういった音で表す少女小説のように捉えてしまっているのではないかと、その気持ちの断片が少しわかるような気がしました。

だからといってマロニエ君はこのアルバムを否定しているのではなく、あまたあるショパンのノクターンアルバムの中にこういうアレンジがあるのは面白いと思いますし、そういうことに挑戦したソン・ヨルムの決断力にも拍手をおくりたいと思います。
少なくとも、正確でキズがないだけのつまらない演奏よりはよほど立派です。

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