いつも思いついたように電話をいただくピアノ店のご主人にして技術者の方がいらっしゃいますが、この方は昔から米独それぞれのスタインウェイをずっと手がけておられます。
以前はニューヨークのスタインウェイにも、ハンマー交換の際にはご自身の経験と考えに基づいて、敢えてハンブルク用のハンマーを付けるといった、この方なりの工夫をしていらっしゃいました。
いまさらですが、この米独ふたつのスタインウェイには様々な違いがあり、ハンマーもそのひとつで、むしろここは著しく異なる部分といっていいようです。
ドイツ製の硬く巻かれたハンマーを、針刺しでほぐしながら音を作っていくハンブルクスタインウェイに対して、ニューヨーク用の純正ハンマーは巻きそのものがやわらかく、それを奏者が弾き込みながら、時には技術者が硬化剤を使いながら音を作っていくというもので、そもそもの出発点というか、成り立ちそのものがまったく違うハンマー理論に基づいているようです。
この技術者の方がニューヨークスタインウェイにもハンブルクのハンマーを使っていた理由は、とくに聞いたわけではありませんが、マロニエ君の想像では、やはりくっきりとした輪郭のある音を求めた結果ではないかと思っています。
この試みは、ある一定の効果は上がっていたようにも思いますが、では双手をあげて成功だったか?というと、その判定はひじょうに難しく、少なくとも、ある要素を獲得したことの引き換えに、失ったものもあったようにも思いますが、何かを断定することまではマロニエ君にはできません。
それが、いつごろからだったか定かではありませんが、ニューヨーク製にはニューヨーク用の純正ハンマーを使われるようになりました。きっと好ましい状態のオリジナルハンマーをもったニューヨークスタインウェイに触れられたことで何か心に深く触れるところがあったからではないかと思います。
その深く触れるところがなんであったのかはともかく、ニューヨークの純正ハンマーには他に代え難い良い点があることに開眼されたのは確かなようでした。とくにピアノとの相性という点で格別なものがあったらしく、その点への理解をこのところ急速に深められ、最近も一台仕上がったピアノがやはりニューヨーク製で、思いもよらないような独特の響きを醸し出すことに、誰よりもまず、ご自身が深い感銘を受けておられる様子でした。
音にはことのほか拘りがあり、その面での執拗な探求者でもあるこの方は、一気にニューヨーク製の音色の素晴らしさを悟り、お客さんの家にある何度も触れてきたピアノからも、今また新たな感銘を受けておられるようです。
たしかに、人間の感性というものは不思議なもので、理解の扉というものは突然開くようなところがあり、そのあとは雪崩を打つように広まっていくという経験は誰しもあることです。
それからというもの、すっかりニューヨークの音色や響きに魅せられておられるようで、抑えがたい興奮を伴いながら電話口から聞こえた言葉は「ニューヨークの音にはドラマがある!」というものでした。
たしかに全般的に響きがやわらかいぶん、温かみがあり、今どきのキラキラした音とはまったく違う価値観の音であり、音がゆらゆらと立ちのぼっていくのがニューヨークスタインウェイの特徴のひとつだろうと思います。
その店には、すでに次なるB型も到着した由ですが、曰く、そのB型にはそのニューヨーク製が備えているべき味がまったく失われている由。上記の仕上がったピアノと併せて、ぜひ見に来るようにとの再三のお言葉ですので、今度は思い切って行ってみようかと思っています。