診断力

ピアノ好きの知人が、自宅のスタインウェイの調整に新しい技術者の方を呼ばれることになり、その作業の見学にということでマロニエ君もご招待をいただいたので日曜に行ってきました。

狭い業界のことなので、あまり具体的なことは書けませんが、その方はお仕事のベースは福岡ではなく、依頼がある毎にあちこちへと出向いて行かれるとのことでしたが、地元でもいくつものホールピアノを保守管理されている由で、周りからの信頼も厚い方のようでした。

作業開始早々から、あまり張り付いて邪魔をしてもいけないと思い、マロニエ君は4時過ぎぐらいから知人宅へと赴きましたが、到着したときはすでに作業もたけなわといったところでした。
はじめてお会いする技術者さんですが、事前にマロニエ君が行くことは伝わっていたらしく、とても快く受け容れてくださり、作業をしながらいろいろと興味深い話を聞くことができました。

また、このお宅にあるピアノに対する見立てもなるほどと思わせられるところがいくつもあり、当然ながらその診断によって作業計画が立てられ、仕事が進められるのは云うまでもありません。つくづくと思ったことは、技術者たる者のまずもって大切な事は、何が、どこが、どういう風に問題かという状況判断が、いかに短時間で適切に下せるかというところだと思いました。
作業の内容や方向は、すべてこの初期判断に左右されるからです。

どんなに素晴らしい作業技術の持ち主であろうと、事前に問題を正しく見抜く診断能力が機能しなくては、せっかくの技術も意味をなしません。いまだから云いますが、マロニエ君も昔はずいぶん無駄な労力というか、不適切だと思われる作業を繰り返されて、こんな筈では…とさんざん苦しんだこともありました。そんなことをいくら続けても、決して良い結果は得られるものではないのですが、技術者というものは誰しも自分のやり方やプライドがあり、とりわけ名人と言われるような人ほどそうなので、そういうときは無理な要求はせず、思い切って人を変えるしか手立てはありません。

ピアノに限りませんが、技術者が問題点を見誤って、見当違いの作業をしても、依頼者はシロウトでそれを正す力も知識もないまま、納得できない結果を受け容れる以外にありません。少しぐらい疑問点をぶつけても、相手はいちおうプロですから、あれこれと専門用語を並べて抗弁されると、とてもかないませんし、おまけに「仕事」をした以上、依頼者は料金を支払う羽目になるわけで、こういう成り行きは甚だおもしろくありません。

そういう意味では、技術者の技術の第一のポイントは「診断力」であるといっても過言ではないと思われます。これさえ正しければ、結果はそれなりについてくるように思われます。とりわけ専門的に鍛え上げられた鋭い耳と、指先が捉えるタッチの精妙さは(ピアノの演奏はできなくても)、いずれも高度に研ぎ澄まされたカミソリのようでなくてはならないと思いました。

それなくしては、作業の目的も意味も立ちませんし、これを取り違えると核心から外れた作業をせっせとすることになりますが、この日お会いした方は、この点でまずなかなかの鋭い眼力をお持ちのようにお見受けしました。
驚いたことは、調律の奥義の部分になると、使う工具(チューニングハンマー)によって、作り出す音が変わってくるということでした。なんとも不思議ですが、きっとチューニングハンマーにも「タッチ感」みたいなものがあるんでしょうね。

素晴らしいピアノ技術者さんと新たに知り合うことができたことは望外の喜びですし、それはピアノを弾く者にとってはなによりも心強い存在で、有意義な一日でした。

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