魔性の音造り1

スピーカーの音造りというのは、やってみるまでは、どちらかというと繊細な作業の繰り返しかと思っていましたが、実際には結構な重労働であるのに驚かされました。通常の、いわゆる箱形のスピーカーの場合はしりませんが、少なくとも円筒形スピーカーに於いては、力勝負が続いてどうかすると全身がワナワナしてきます。

こういう作業は、ほんらいマロニエ君の趣味ではないのですが、それでもいったんやり始めると「もう少し」「あと一回だけ」というような、無性に追いつめられたような意地っ張りみたいな気分に駆られて、そこから抜けられなくなるものです。
考えてみるに、「音を作る」という行為には、大げさに言うと一種の魔性があるのかもしれません。
自分の手を下したことが微妙な音の変化としてあらわれてくるのは、これまでに体験したことのないもので、これは不満と満足、挑戦と挫折の織りなす興奮状態でもあり、不思議な魔力みたいなものがつきまといます。その後も性懲りもなく吸音材を足したり引いたり場所を変えたりと、周りからみれば呆れられるような抵抗を続けています。

とはいっても、基本的に素人のマロニエ君にはスピーカーユニットそのものに手を加えて改造するようなことはできませんから、今やっていることは要するに吸音材による音造りのセッティングと云うことになるわけですが、これがもう一度もう一度と繰り返すうちに、この作業をすでに何十回やったのか、もう自分でも遙かわかりません。

ちなみにスピーカーにおける吸音というものは、スピーカーの音や響きを決定付ける重要な項目で、なにもしない裸のスピーカーユニットは好ましくない雑音を多く排出しており、ここからいかに要らない音を取り除いて必要なクリアで美しい音だけを残すかということになるわけですが、この局面こそがスピーカー製作の醍醐味だろうと実感しています。

新たな挑戦のたびに筒からスピーカーの内部構造を引き出しては、吸音材の付け方や、素材、量、位置を変えたり、ときには重りの量の変更、そしてまた元に戻したりと、自分でも何が正しくて何が間違っているのか、まったくわからないわけです。

例えばアルミ管の内側に貼り付ける吸音材だけでも、なにも無しからスタートし、固いスポンジ状の素材、カーペット素材、オーディオでは定番のニードルフェルト、エプトシーラーという素材まで5種類試してみましたし、その量の変化を加えると試行数はさらに増えたことになります。

もちろん自分としてはやみくもにやっているわけではなく、やるからには良かれと思ってふうふう言いながら試しているわけで、そのたびに音や響きに僅かな変化が現れて、一喜一憂を繰り返します。それを聞き分ける耳も鍛えられて次第に精度を増す反面、どこか麻痺してくるようでもあり、さっきは良いと思った音が、30分もするとやはり変じゃないかというような悪循環に陥ります。

アルミ管の内側よりさらにやっかいなのは、仮想グランドという、スピーカーから伸びる1m近いボルトとナットによって構成される部分の吸音です。これも実に様々な素材を試しましたが、これだという決定打は未だありません。巻き付ける吸音材の量の違い、紐で縛るその力加減による違い、紐の材質など、まさに数学で言う順列組み合わせの世界で、まるでキリがないわけです。

ひとつ何かをやってみるには、いちいちアンプからスピーカーコードを外して、重い重量物を引っぱりだして何らかの改造をしたら、また逆の作業をせっせと経てアンプに繋ぎ、今度こそはと音を出してみます。
そしてその違いに耳を澄まし、悲喜こもごもの感想を自分なりに下して、問題点を整理し、次の作業にとりかかります。あまりに疲れるとそのまま数日間放置する、そしてまた手をつけて、もうこんな馬鹿馬鹿しいことはやってられない!やめた!という決心をするのですが、2、3日も経つと「…やっぱり、あそこをちょっと変えてみようか…」という気になってくるわけです。

まさに取り憑かれているわけで、だんだんスピーカーが疫病神のようにも思えてきますが、それでもやめられなくて次の方策を講じているのですから、音作りというものそれ自体がよほどの魅力があるというべきでしょう。あるいは自分の手で「音を作る」ということを初めてやってみて、その苦悩と魅力にすっかり魅せられているのかもしれず、これは大人のハシカみたいなものかもしれません。

ピアノの技術者さん達とはやっていることはまったく違いますけれども、どこか通じるところもあるようで、彼らの悪戦苦闘の苦しみが少しわかるというところでしょうか。

映画『ピアノマニア』でシュテファン氏が取り憑かれたようにエマールの満足する音造りを繰り返し、昼夜を厭わず、孤独に挑戦を続けている気持ちの片鱗みたいなものが、ちょっぴりわかるような気がしました。

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