先々週でしたか、NHK日曜夜の音楽番組『らららクラシック』に辻井伸行さんがメインで出演されました。
辻井さんの映像や演奏は、クライバーンコンクールでの優勝以降、折あるごとに接する機会が増えたことは多くの方々も同様のことだろうと思います。それも僅か3年あまりのことですが、もともとお若いせいもあるのか、見るたびに少しずつ感じが変わってくるところがあるように思います。
食べることが大好きというご本人の言葉にもありましたが、一時はかなり恰幅も良くなって「おや、大丈夫?」と思ったときもありましたが、先日見たところではそれほどでもなくなり、逆にどことなく少し大人っぽさみたいなものが加わったような気がしました。
さらに変化を感じたのは、その演奏でした。
辻井さんは今どき稀少な超売れっ子のコンサートピアニストのようですから、年間のステージの回数だけでも相当の数にのぼるものと思いますが、そういう場数や経験からくるものなのか、あるいはもっと奥深い辻井さん自身の内面から湧き出るものなのか、それはわかりませんけれども、以前に較べるとよりブリリアントでピアニスティックな演奏になっているように感じられて少々驚かされました。
それは番組のはじめに、スタジオで弾かれたショパンの革命にも端的にあらわれていたように思います。その後、番組が進行するにしたがって以前の映像などもいろいろ紹介されましたが、そこにあるのはたしかに以前の辻井さんらしい清楚であっさりした演奏でしたから、やはりなにか変化が起きているとマロニエ君は思いました。
もし今後、辻井さんがより華やかで力強いピアニスティックな方向の演奏にシフトしていかれるとしたら、きっと賛否が分かれるところかもしれません。昨年のN響とのチャイコフスキーなどはまだ以前の辻井さんという印象ですが、スタジオでの革命やラ・カンパネラ、あるいは最近のコンサートでの自作の映画音楽『神様のカルテ』などでは、ちょっと新しい辻井伸行を聴いた気がしました。
いっぽう、スタジオでの司会者とのやりとりなどを聞いていても、辻井さんの話にはとてもなつかしいような率直さがあり、これは今では逆に新鮮というか、ときにはちょっとハラハラするような発言が多いのもこの方の個性であるし魅力なのかもしれません。
すでに世界の著名な指揮者など一流の音楽家達との共演も重ねておられるわけで、当然といえば当然なのかもしれませんが、どんなに世界的な人物や先輩の名前などが出てきても、その都度、テレビ放送という場に於いても臆せず「ぜひ共演してみたいですね」とか、ご自身が作曲されることにも絡んで偉大な作曲家の話が出る度に「僕もそういうふうに…」という、現代人の標準的感性からすれば、かなり思い切りのいいフレーズが、自然な笑顔とともにサラリと出てくるのはドキッとしてしまいます。
これは辻井さんの純粋な心のありようと飾らない真っ正直な人柄はもちろん、彼がいかに心温かな人達に囲まれた豊かで恵まれた毎日を過ごしておられるかという事実を端的に裏付けているようで、どことなく羨ましいような気さえしてきます。
それに例によって、折り目角目のある美しい日本語を自然に話されることも、マロニエ君の耳には彼のピアノ同様、奇を衒わずまともであるということに、まず新鮮な心地よさを感じるところです。
一般的には、相当の天分や実力を持ってしても、そうそう無邪気な発言を自然にしてしまうと、俗人は無防備と考えるほうが先行して、とても恐くてできないことでしょう。
現代人は何かと計算高く、用心深くなりすぎて、まず大半のことでは本音を漏らさないクセが身に付き、それはほとんど常態化していますから、それだけでも率直に振る舞うことのできる辻井さんが眩しく感じられるのかもしれません。