先日は、今年始めて調律師さんがタッチの件で来宅されました。
といっても、あまり具体的なことはブログには書かないようにと釘を差されていますから、こまかいことは控えます。
この調律師さん、マロニエ君の部屋の『実験室』にも書いたように、我が家のカワイのグランドを実験室ととらえて、マロニエ君の出す無理難題をなんとか克服すべく、まったく画期的な方法を考え出してくださるありがたい方です。
繰り返しになりますが、ハンマーヘッドのフェルトの下の木部前後に小さな鉛のおもりを両面テープで貼り付けるというもので、タッチが慢性的に軽すぎた我が家のカワイの場合は1鍵あたり約1gのおもり追加をしたわけです。
この部分の重さの増減は、鍵盤側ではなんと5倍に相当するわけで、ハンマー側で1g重くなれば、仮にキーのダウンウェイトが46gのピアノであれば51gへと一気に増加するというものです。
この結果、タッチが重くなったことは当然としても、副産物として音色までかなり変わり、好き嫌いはあるだろうと思いますが、音にエネルギー感が増して非常に迫力のあるものになりました。単純に言うと張りのあるガッツのある音になったわけで、長年ヤワな、か弱い音色だったピアノが、一気にベートーヴェンまでを表現できそうな迫力を備えることになったことは大いなる驚きでした。
いま流行のブリリアントでキラキラ系の音が好きな人には好まれないかもしれませんが、昔のドイツ系ピアノのような(といえば言い過ぎですが)、はるかにガッチリとした、良い意味での男性的な音が出てきます。
それはいいとしても、さすがに一夜にしてタッチが5g重くなるということは、なまりきっていたマロニエ君の指にとってはほとんどイジメに等しく、まさに鉄のゲタ状態であることは以前も書いた通りでした。
とくに初めの2〜3日はハッキリ失敗だったと思うほど、弾く気になれない(というか弾けない)ピアノになってしまっていましたが、この施行をしたピアノ技術者さんのすごいところは、そういう場合の対処の事も十分考慮しての方策であることです。
というのは、鉛は小さく、ハンマーヘッドのフェルトすぐ下の木部の前後に強力両面テープで貼っているだけなので、元に戻したいときには、これを剥がし取るだけで特殊技術も何もないのです。素人でもすぐにそれができるということで、つまりピアノを一切痛めないというところが最も画期的な点(なんだそうです)。
人間とは不思議なもので、「いつでもすぐに元に戻せる」ということがわかると妙に安心して、もう一日もう一日とその鉄のゲタ状態で我慢して弾いていたのですが、ひと月も過ぎた頃からでしたでしょうか、あまりそういった苦しさを感じなくなり、指への抵抗感はさらに減少を続け、その後はまったくこれが普通になってしまいました。
あまりに「普通」になったので、まさか両面テープが剥がれて鉛が下に落ちたのではないかと思うほどまで自分にとって自然なものになったのはまったく驚くべき事で、「人間ってすごいなあ」というわけです。
この日、約半年以上ぶりにアクションが引き出されると、果たして件の鉛はひとつとして脱落することなく、きれいに健気にくっついていました。
善意に捉えると、それだけマロニエ君のようなしょうもない指でも、毎日の積み重ねによって間違いなく鍛えられ逞しくなるというわけです。
逆に、ピアノのタッチは軽い方が弾きやすいなんて目先のことばかりいっていると、しまいにはそのピアノしか弾けなくなるのみならず、ショボショボした芯のない打鍵しかできなくなるのは間違いないと思われます。
電子ピアノだけで練習している人の演奏で感じることは、とても努力はしていらっしゃるとは思うのですが、やはり深みとか表現の幅がとても小さいということです。これはご本人が悪いのではなく、道具の性能がそこまでのものでしかないから当然のことで、本物のピアノに移行した人でも、なかなかこの染みついたクセは直りにくいようです。それを考えると、とくに白紙から体が覚える子供にはぜひとも本物を弾かせたいもので、「まだ子供だから電子ピアノでも…」という発想はまったくわかっちゃいないと思います。