松田理奈

NHKのクラシック倶楽部で、岡山県新見市公開派遣~松田理奈バイオリン・リサイタル~というのをやっていました。
なんだかよく意味のわからないようなタイトルですが、岡山県の北西部にある新見市という山間の田舎町でおこなわれたコンサートの様子が放送されました。

演奏の前に町の様子が映像で流されましたが、山を背景に瓦屋根の民家ばかりがひっそりと建ち並ぶ風景の村といったほうがいいようなところで、ビルらしき物などひとつもないような、静かそうで美しいところでしたが、そんなところにも立派な文化施設があり、ステージにはスタインウェイのコンサートグランドがあるのはいかにも日本という感じです。こういう光景にきっと外国人はびっくりするのでしょうね。

松田理奈さんは横浜市出身のヴァイオリニストとのことで、マロニエ君は先日のカヴァコスに引き続き、初めて聴くヴァイオリニストでした。
よくあるポチャッとした感じの女性で、とくにどうということもなく聴き始めましたが、最初のルクレールのソナタが鳴り出したとたん、その瑞々しく流れるようなヴァイオリンの音にいきなり引き込まれました。

良く書くことですが、いかにも感動のない、テストでそつなく良い点の取れるようなキズのない優等生型ではなく、自分の感性が機能して、思い切りのよい、鮮度の高い演奏をする人でした。
なによりも好ましいのは、そこでやっている演奏は、最終的に人から教えられたものではなく、あくまでも自分の感じたままがストレートに表現されていて、そこにある命の躍動を感じ取り、作品と共に呼吸をすることで生きた音楽になっていることでした。

わずかなミスを恐れることで、音楽が矮小化され、何の喜びも魅力もないのに偏差値だけ高いことを見せつけようとやたら難易度の高い作品がただ弾けるだけという構図には飽き飽きしていますが、この松田理奈さんは、その点でまったく逆を行く自分の感性と言葉を持った演奏家だと思いました。

音は太く、艶やかで、とくに全身でおそれることなく活き活きと演奏する姿は気持ちのよいもので、聴いている側も音楽に乗ることができて、聴く喜びが得られますし、本来音楽の存在意義とはそのような喜びがなくしてなんのためのものかと思います。

全般的に好ましい演奏でしたが、とくに冒頭のルクレールや、ストラヴィンスキーのイタリア組曲などは出色の出来だったと思います。

後半はカッチーニのアヴェマリア、コルンゴルトやクライスラーの小品と続きましたが、非常に安定感がある演奏でありながら、今ここで演奏しているという人間味があって、次はどうなるかという期待感を聴く側に抱かせるのはなかなか日本人にはいないタイプの素晴らしい演奏家だと思いました。
惜しいのはフレーズの歌い回しや引き継ぎに、ややくどいところが散見され、このあたりがもう少しスマートに流れると演奏はもっと質の高いものになるように感じました。

アリス・紗良・オットもそうでしたが、この松田理奈さんもロングドレスの下から覗く両足は裸足で、やはり器楽奏者はできるだけ自然に近いかたちのほうが思い切って開放的に演奏できるのだろうと思います。

このコンサートで唯一残念だったのはピアニストで、はじめから名前も覚えていませんが、ショボショボした痩せたタッチの演奏で、ヴァイオリンがどんなに盛り上がり熱を帯びても、ピアノパートがそれに呼応するということは皆無で、ただ義務的に黒子のように伴奏しているだけでした。

そんな調子でしたが、ピアノ自体はそう古くはないようですが、厚みのある響きを持ったなかなか良い楽器だと思いました。

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