過日書いたホロヴィッツのスタインウェイ使用のCDと似たような時期に、ピリスのシューベルトの最後のソナタがリリースされており、これも運良く試聴コーナーで聴けました。
ピリスは少なくとも日本ではヤマハのアーティストのようなイメージで、ヤマハの広告媒体にもその名と顔などがいかにも専属のピアニストという感じになっていますが、これまで出してきたCDなどは、大半は(というか、知る限りはすべて)ちゃかりスタインウェイを使っています。
以前、彼女のインタビューがありましたが、「ヤマハは素晴らしいけど日本のホールのような音響の優れた会場ならば使ってもいいが、そうでない場所ではスタインウェイを弾く」というような意味の発言があり、どうも全面的にはヤマハを信頼していないような気配が伺えました。
しかも、不思議なことにはセッションの録音で、モーツァルトのような必ずしもスタインウェイがベストとも思えないような曲を録音するにも、やっぱりなぜかスタインウェイを使っています。
今回のD960(最後のソナタ)の第一楽章を聴いていて、冒頭から聞こえてくるのは軽く弾いても明瞭に鳴る音が耳につきました。とても反応のよいピアノだという印象です。ややメタリックな感じもあって一瞬ヤマハかとも思いましたが、しばらく聴いていると…やはりスタインウェイのようにも感じましたが、試聴コーナーのヘッドフォンは音がかなり粗っぽく断定には至りませんでした。
録音のロケーションはハンブルクですから、普通ならスタインウェイのお膝元ということになりますが、セッションの段取りというのは必ずしもそういうことで決まっていくのではない事かもしれませんし、ピリスが録音にCFXを使うと言い出せば、現地のヤマハはなにをおいても迅速にピアノを準備するのだろうと思います。
HJ・リムがCFXで弾いたベートーヴェンは、演奏はきわめて個性的で見事だったものの、楽器はとうてい上品とは言い難いもので驚きでしたが、このシューベルトに聴くピアノがもしCFXであれば、一転してなかなかのものだと素直に思いますし、逆にスタインウェイであればずいぶん普通の、そつのない感じの音になったものだと思います。もちろん試聴コーナーでちょっと聴いただけでは確証は持てませんし、そんなふうに音造りされたスタインウェイなのかもしれませんが、いずれにしろ調整そのものは素晴らしくなされている楽器だとは感じました。
ピリスのD960はぜひとも買いたいと思っていたCDのひとつだったのですが、この静謐な悲しみに満ちた最後の大曲を、どことなく電子ピアノ風の美しい音で延々と聴かされると思うと、つい躊躇ってしまうようで、昨日は急いでもいたし、とりあえず買うのは保留にしました。
…でも、あとからその演奏はかなり素晴らしいものだったことが思い起こされるばかりで、ピアノの音はさておいてもやはりこれは購入しないわけにはいかないCDと意を新たにしました。
少なくとも、ピリスというピアニストは絹の似合うショパンに質素な木綿の服を平然と着せてお説教しているようなところがありますが、それがシューベルのような音楽には向いていて、彼女の持つ精神性が遺憾なく発揮されるようです。
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初めましてですが、いつも読んでいます。
ピリスのショパンに対する例えが楽しかったのでついコメントしてしまいました(笑)
ピアノ歴15年ですが、駄耳なのでマロニエ君さんの様に鋭い感覚を持った耳を、いつも羨ましく思っています!