ピリスの新譜2

数日に前に書いたピリスのシューベルトのソナタのCDですが、日に日にどうしても手に入れなくては気が済まなくなり、天神に出る用事を半ば無理に作ってCD店に行き、ついに買ってきました。

これはメジャーレーベルの輸入盤でもあり、本当はネットショップでまとめ買いした方が安いのですが、そんなことを言っていたら先のことになるので、この1枚を急ぎ買いました。

そして自宅自室でじっくり聴いてみると、はじめの出だしからして過日試聴コーナーで聴いたものとはまるで音が違うのには、思わず耳を疑いました。ちなみにこのアルバムは、シューベルトのピアノソナタ(D845、D960)の2曲が収録されており、曲の並びはD845が先でこれは当然というべきで、不安げなイ短調の第一楽章がはじまりますが、その音は先日聴いたのとはまったく別のピアノとでもいうべきものでした。

数日前、このアルバムを試聴した印象ではヤマハCFXかスタインウェイか断定できないと書きましたが、こうして自分の部屋で聴いてみると、何分も聴かないうちにスタインウェイであることがほぼわかりました。すぐにジャケットに記されたデータを見たのは言うまでもありませんが、ここには使用ピアノのことは一切触れられていませんので、あるいはヤマハとの兼ね合いもあってそういう記述はしないように配慮されているのかもしれません。

スタインウェイということはわかったものの、このCDのように2曲のソナタが収録されているような場合、それぞれ別の日、別の場所で録音されたものがカップリングされることも珍しくありません。しかし録音データにはそのような気配もなく、すぐにD960へ跳びましたが、こちらも変化はなくD845と同じ音質で、いかにもな美音が当たり前のようにスピーカーら出てくるのには当惑しました。
前回「ややメタリックな感じもある」などと書いてしまいましたが、そういう要素は皆無で、CD店の試聴装置がそこまで音を改竄して聴かせてしまっていることにも驚かずにはいられません。以前からこの店のヘッドフォン(あるいは再生装置そのもの)の音の悪さは感じていましたが、これほど根本的なところで別の音に聞こえるというのは、さすがに予想外でした。

録音データにはピアノテクニシャン(調律師)としてDaniel Brechという名前が記されています。
この名前でネット検索すると、この人のホームページが見つかり、多くの著名ピアニストと仕事をしている名人のようですから、きっとヨーロッパではかなり名の通った人なのだろうと思われます。
どうりでよく調整されているピアノだと思ったのは納得がいきました。

ただ前回「どことなく電子ピアノ風の美しい音で延々と聴かされると思うと」と書いていますが、電子ピアノというのは言い過ぎだったとしても、マロニエ君の個人的な好みで云うなら、新しい(もしくは新しめの)ピアノをあまりにも名人級の技術者が徹底して調整を施したピアノというのは、なるほどそのムラのない均一感などは立派なんだけれども、どこかつまらない印象があります。

職人の仕事としては完璧もしくは完璧に近いものがあっても、ではそれによって聴く側がなにか心を揺さぶられたり、深い芸術性を感じるかというと、必ずしもそうとは限らないというのがマロニエ君の感じているところです。
このようなピアノは、同業者が専門的観点から見れば感動するのかもしれませんが、マロニエ君のような音楽愛好家にとってはあまりにも楽器が製品的に「整い過ぎ」ていて、個々の楽器のもつ味わいとか性格みたいなものが薄く、かえって退屈な印象となってしまいます。

とりわけ新しいピアノがこの手の調整を受けると、たしかに見事に整いはしますが、同時にそれは無機質にもなり、演奏と作品と楽器の3つが織りなすワクワクするような反応の楽しみみたいなものが薄くなってしまうように感じるのです。

最近はCDでもこの手の音があまりに多いので、もしかしたら日欧で逆転現象が起こり、日本の優秀なピアノ技術者の影響が、今では逆にヨーロッパへ広まっているのではないか…とも思ってしまいます。こういう水も漏らさぬ細微を極めた仕事というのは、本来日本人の得意とするところで、まるで宮大工の仕事のようですが、それが最終的には生ピアノらしい鮮烈さやダイレクト感までも奪ってしまって、結果として「電子ピアノ風」になるのでは?とも思います。

その点では従来のヨーロッパの調律師(少なくとも名人級の)はもっと良い意味での大胆で表情のある、個性的な仕事をしていたように思います。

ピリスの演奏について書く余地が無くなりましたが、とりあえず素晴らしい演奏でした。さらにはこのCD、収録時間が83分24秒!とマロニエ君の知る限り最長記録のような気がします。

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