アップライト考

このところ、いささか訳あって国産のアップライトピアノのことを(ネットが中心ではあるものの)しばらく調べていたのですが、わかってきたことがいくつかありました。

もちろん自分ですべて触れてみて確認したことではなく、多くがネット上に書き込まれた情報から得られたものに拠る内容になりますが、それでも多くの技術者の方などの記述を総合すると、ひとつの答えはぼんやり見えてくるような気がしました。

まず国産ピアノの黄金期はいつごろかと云うことですが、それぞれの考え方や見方によるところがあって、ひとくちにいつと断定することは出来ないものの、概ね1970年代からバブル崩壊の時期あたりまでと見る向きが多いような印象がありました。

バブルがはじけた後あたりから、世の中すべての価値が一変します。あらゆるものにコスト重視の厳しさが増して、とりわけ合理化とコストダウンの波というものが最重要課題となるようです。それに追い打ちをかけるように、21世紀になると世界の工場は中国をはじめとする労働賃金の安いアジアに移ってしまい、ピアノ業界もこの流れの直撃を受けたのは間違いありません。
さらには、少なくとも先進国では情報の氾濫によって人々の価値観が多様化するいっぽう、鍵盤楽器の世界では安価で便利な電子ピアノが飛躍的な進歩を遂げて市場を席巻するなど、従来の本物ピアノが生き残って行くには未曾有の厳しさを経験することになります。

ピアノを構成する素材に於いても、一部の超高級機などに例外はあっても、全体的には製造年が新しくなるほど粗悪になり、もはや機械乾燥どころではない次元にまで事は進んでいるようです。具体的には、集成材やプラスティックなどを多用するようになり、ピアノはより工業製品としての色合いを強くしていくようです。

逆に、バブル期までは様々な高級機が登場して、中には木工の美しさなど、ちょっと欲しくなるような手の込んだモデルもありますが、それ以降はメーカーのモデル構成も年を追う毎に余裕が無くなってくるのが見て取れます。

技術者の方々の意見にも二分されるところがあり、例えば1960年代に登場したヤマハアップライトの最高機種と謳われたU7シリーズあたりを最高とする向きがあるいっぽうで、技術者としてより現実的な観点から、よほどひどい廉価モデルでもない限り、製品として新しいモデルの安心を薦める方も少なくありません。

マロニエ君の印象としては、後者はピアノの音を職業的な耳で聞き、機械部分の傷みや消耗品の問題などを考えると、新しい楽器の持つ確かさ、手のかからなさなどを重視して、道具としてコスト的にも機械的にも新しいピアノが好ましいと考えておられるようです。
いっぽうで、前者の主張には、以前の良質の素材が使われた楽器には、素材だけでなく作り手の志も感じられ、楽器としてもそれなりの価値があり、ひいては所有する喜びもあるというものです。その点で、新しいピアノにはプロの目から見ても落胆とため息ばかりが出るということのようです。

概して、前者のほうは人間的に詩情があり多少の音楽的造詣もある方で、後者はより現実的で、専ら技術とコストの関係を正確に割り出すことに長けた人だと思います。両者共に一理ある考えで、いずれのタイプであっても優秀な技術者の方であることに変わりはないと思いますが、要するに基本となる思想が違うんですね。

マロニエ君はいうまでもなく前者の方々の意見に賛同してしまいます。
なぜなら、やはり少し古いピアノの音のほうが、国産ピアノであっても明らかに「楽器の音」がするし、それはつまり音楽になったとき人の耳に心地よいばかりか、音としての芸術が奥深くまで染み込む力をいくらかはもっていると思うからです。

その点、新しいピアノはそれなりのものでも基本は廉価品の音で、それを現代のハイテク技術を駆使してできるだけもっともらしく華やかに聞こえるように、要はごまかしの努力がされているようにしか感じられません。
実は先日もあるお店で新品を見たのですが、一目見るなり、その安っぽさが伝わりました。アップライトでは最大クラスとされる高さ131cmのモデルも何台かありましたが、その佇まいにはきちんと作られたものだけがもつ重み(物理的な重量のことではなく)や風格が皆無で、傍らに置かれた高級電子ピアノと品質の違いを見出すことはついにできませんでした。

上部の蓋にも、なにひとつストッパーも引っかかりもなく、ただ上に抵抗なく開くだけだし、中低音の弦にもアグラフなども一切ありません。良い楽器を作ろうという作り手側の志は微塵も感じられず、そこに信頼あるメーカーの名が変に堂々と刻まれているぶん、なんだかとても虚しい気がしました。

それなら、いっそ良質の中国製の最高級クラスを買ったほうが、まだ潔い気もしますし、楽器としての実体もまだいくらかマシかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です