ロビーは営業現場

先週金曜の夕刻のこと、付き添いで街の中心にある大病院のロビーで診察の終わるのをずいぶん待たされることになったのですが、そのとき、見るともなしに思いがけない光景を目にすることになりました。

ちょうど時間帯が、一般の外来診察が終わって、以降は急患の対応に切り替わる時間帯であったために、ロビーにはこの病院にしては患者さんの姿はほとんど無くなり、ちょうどその時間が区切りになっているのか、私服に着替えた看護士さんとおぼしき人達が仕事を終えてぞろぞろと引き上げていく姿があり、白衣姿の医師の往来もえらく頻繁になってくるという状況が一時間ほど続きました。

この病院は市内でも最も有名な大病院のひとつですから、そこで働く医師や看護士などの数もおそらく相当なものだろうと思われます。

そんな中にぽつねんと待っていたマロニエ君でしたが、広いロビーに置かれたあちこちの長椅子には、明らかに患者とは様子の異なる種族が散見でき、これがなんとなく不思議な印象を放っていました。

みな一様に真面目な様子で、どうみても病気や御見舞ではなく、仕事時間中という感じにしか見えません。
男性は例外なくスーツ姿で、女性もほぼそれに準した服装です。一人の人もあれば、二人組のような人達もあって、ごくたまに医師と立ち話などをしており、はじめは何なのかと思うばかりでした。

なにしろこっちはヒマなので、それとなく観察しているとだんだん状況が読み込めてきたのです。
それがわかったのは、向こうにいる男性が、こちらから歩いて行ったひとりの医師にスッと近づいて話を始めると、それを見ていた比較的マロニエ君の近くにいた男女二人が俄に落ち着かない様子でしきりに話を始めます。すると、何かを決したように二人ともすっくと立ち上がり、その立ち話をしている医師とスーツの男性のほうに歩み寄りますが、話が済むまで3mぐらいの場所から待機している様子です。

話が終わると、今だ!といわんばかりに二人が近づき、ようやく歩き始めた医師の足を再び止めることになりますが、とにかくお辞儀ばかりして必死にしゃべっています。
ほどなく二人は戻ってきましたが、今度は別の医師が歩いてきたのを見て「どうします?」「行ってみましょうか?」と女性の声がわりに明確に聞こえたのですが、間をおかず再び追いかけるようにして医師を呼び止めます。

もうおわかりと思いますが、このロビーを頻繁に往来するこの病院の勤務医師に話しかけるチャンスを狙って、それが薬品メーカーだか医療機器メーカーだかは知りませんが、とにかく病院相手にビジネスチャンスを目論む業者の営業マン達が、診療時間に区切りがついて多くの医師らが動き出すのを狙って、この時間帯に営業活動にやってくるようです。

パッと目はまるで医者目当てにナンパしているようでもありますが、しかも遊びではない厳しい目的があるわけで、もちろんチャラチャラした気配など皆無で、笑えない、痛々しいような空気が充溢しています。

他の人達もおおむね似たような感じで、今どきの就職難の時代にあっても、営業職は人気がないと云われているそうですが、それをまざまざと実感できる、彼らの仕事の大変さが込み上げてくるような光景でした。まったくあてのないダメモトの仕事を、厳しいノルマを背負わせられて粘り強くやり抜くだけの強さがなくては、とてもじゃありませんがやっていけない仕事だと思いました。

そもそも営業なんて、断られるのが当たり前で、それでいちいち傷ついたり落胆していては仕事にならないでしょう。ストレスに打ち勝つだけのタフな神経も必要とするし、しかも低姿勢に徹して愛想がよく、同時にしたたかさも必要、製品知識も相当のものが必要とされるはずで、これは誰にでも出来る仕事ではないと痛感させられました。

その男女のペア組では、女性のほうがより胆力がありそうで、何度もトライしては戻ってきながら「厳しいですねぇ、ハハハ」なんて云ってますから、仕事とはいえ大したもんだと感服しました。

なんとなく思ったことですが、現役の営業職の人達からみれば、婚活なども日頃の訓練の賜物で、普通の人よりチョロい事かもしれません。なにしろ相手を「落とす」という点にかけては、基本は同じですから、要は人垂らしでなくてはならず、この点の歴史上の天才が豊臣秀吉かもしれません。

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