技術者しだい

このところ、ついついアップライトにも関心を持ってしまい、すでに二度もこのブログに駄文を書いてしまっているマロニエ君ですが、先ごろ、実になんとも素晴らしい一台に出逢いましたので、その印象かたがたもう少々アップライトネタを書くことにしました。

それはヤマハのUX300、十数年前のヤマハの高級機種とされたモデルで、背後にはX支柱(現在はコスト上の理由から廃止された由)をもつモデルです。外観で特徴となるのはトーンエスケープという鍵盤蓋よりも上に位置する譜面台を手前に引き出すと、その両脇から内部の響きが左右に漏れ出てきて、奏者はより楽器の原音をダイレクトに聴きながら演奏できるというもの、さらには黒のピアノではその譜面台の左右両側にマホガニーの木目が控え目にあしらわれ、それがこのピアノのお洒落なアクセントにもなっています。
このデザインは好評なのか、今もYUS5として生産されているばかりか、それが現行のカタログの表紙にもなっているようです。

話は戻り、このUX300は望外の素晴らしいピアノだったのですが、それはヤマハの高級機種だからというよりも、一人の誠実な技術者が一貫して面倒を見てこられたピアノだからというものでした。
以前のブログに書いたようなアップライトらしさ、ヤマハっぽさ、キンキン音、デリカシーのなさ、安っぽさなどどこにもない、極めて上質で品位のある音を奏でる好ましいピアノであったことは予想以上で、少なからぬ感銘さえ受けました。

おまけにこのピアノはサイレント機能つきで、通常はこの機能を付けるとタッチが少し変になるのは不可避だとされていますが、この点も極めて入念かつギリギリの調整がなされているらしく、そのお陰で言われなければそうとは気づかないばかりか、むしろ普通のアップライトよりもしっとりした好ましいタッチになっていたのは驚くほかはありません。
これぞ技術者の適切な判断と技、そしてなによりピアノに対するセンスが生み出した結果と言うべきで、まさに「ピアノは技術者次第」を地でいくようなピアノでした。

このような上質でしっとりした感じは、外国の高級メーカーのアップライトではときどき接することがありますが、国産ピアノでは少なくともマロニエ君の乏しい経験では、初めての体験だったように思います。

海外の一流メーカーのアップライトは、その設計や作りの見事さもさることながら、調整も入念になされたものが多く、あきらかにこの点にも重きをおいているのは疑いようがありません。それが隅々まで見事に行き渡っているからこそ、一流品を一流品たらしめているともいえるでしょう。

ちなみに、海外の老舗メーカーの造る超高級アップライトは価格も4ー500万といったスペシャル級で、普通ならそれだけ予算があれば大半はグランドに行くはずです。いったいどういう人が買うのだろうと思わずにはいられない一種独特の位置にある超高級品ということになり、それなりのグランドを買うよりある意味よほど贅沢でもあり、勢い展示品もそうたやすくあるものではありません。

当然ながら、そんなに多く触れた経験はないのですが、スタインウェイやベーゼンドルファーなどは、たしかに素晴らしいもので、この両社がアップライトを作ったらこうなるだろうなぁと思わせるものがありますが、しかし個人的にはとりたてて驚愕するほどのものではなく、あくまで軸足はグランドにあるという印象は拭い切れません。

ところが中にはそうでないものもありました。これまでで一番驚いたのはシュタイングレーバーの138というモデルで、とにかく通常のアップライトよりさらにひとまわり背の高いモデルですが、その音には深い森のような芳醇さが漂い、威厳と品格に満ち、その佇まい、音色とタッチはいまだに忘れることができません。2番目に驚いたのはベヒシュタインのコンサート8という同社最大のアップライトで、これまた美しい清純な音色を持った格調高いピアノでした。
ベヒシュタインは、実はアップライト造りが得意なメーカーで、背の低い小さなモデルでも、作りは一分の隙もない高級品のそれですし、実に可憐でクオリティの高い音をしていて、むしろグランドのほうが出来不出来があるようにさえ感じます。

アップライトでも技術者次第、お値段次第でピンキリというところですが、最近驚いたのはヤマハのお店には「中古ピアノをお探しの方へ」的な謳い文句が添えられて、なんと399.000円という新品のアップライトが売られていることでした。
ヤマハ・インドネシア製とのことですが、これが海外の老舗メーカーのように別ブランドにすることもなく、堂々とYAMAHAを名乗って、ヤマハの店頭で他の機種に伍して売られているのですから、ついにこういう時代になったのかと思うばかりです。

技術者しだい」への1件のフィードバック

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    アップライトでもグランドに負けない素晴らしい音の出るものがある、に同感です。
    ピアノの音程を合わせにくる調律師さんが、そのピアノの音の良し悪し自体を相当部分握っている・・等ということは、かつての私も含め、全然知らなかったことです。調律だけでない、もっと深い製音や製調の技術の世界があって、それは我々一般人には全く分からないことなんですよね。判断できるのはただ出てくる音だけ・・。技術だけでなく、そもそもどのような楽音を理想として中に持っておられるのか、またその自分の理想に拘らず、各ピアノの個性を伸ばすよう柔軟に対処してくれる人かなども大切な様子です。
    欧州製高価格ピアノの音の良さが、調整への手間のかけ方の多寡にもあるというならば、みんながもっとピアノの音の良し悪しに目覚めていくことで国産ピアノにもまだ目があるのかもしれませんね。

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