技術者の音

メールをいただくようになったディアパソンファンの方は、ついにご自分の好みの1台に対象が絞られ、その購入を前提とした交渉を続けておられるようです。

ただ、この方によると、お店によってはとても丁寧に整備されたピアノであっても、なぜかそれがディアパソンが本来持っている個性と、調整の方向が乖離してしまっている(という印象を受ける)ために、せっかくの技術がピアノに必ずしも反映されない場合もあるようでした。

せっかく良いもので、きちんとした工房が併設され、高い技術を有する技術者によって仕上げられたピアノでも、最終的に判断するのは購入者であって、その人の心に触れるものがなければ購入には結びつかないというのは、当たり前といえば当たり前ですが、主観に左右される点も大きいために、技術者側にしてみれば難しいところでもあるのだろうと、この分野の微妙さを感じてしまいます。

あるお店では、Y社のグランドなどと並んでディアパソンも店頭に並べられ、その店の自慢の技術者がずいぶんと腕をふるった調整をされていたようでした。どのピアノもとてもよく調整され、中には望外の響きがあって感激さえしたということでした。
その話は聞いていましたが、ネットからもその音が聴けるとのことで、マロニエ君もさっそく聴いてみました。この時ばかりはさすがにパソコンのスピーカーというわけにもいかないだろうと思い、このところあまり使っていないタイムドメインのLightを引っぱりだして、パソコンに接続して聴いてみましたが、たしかに非常によく整えられたピアノだという印象でした。

同時に、本体や消耗品が平均的なコンディションを持つピアノなら、高度な技術を持った技術者がある程度本気になって手を入れたピアノは、だいたいあれぐらいの音にはなるだろうと思ったことも事実です。
技術者の仕事としてはもちろん素直に敬意を払いますが、同時に、今が調整によって最高ギリギリの状態にあるという断崖絶壁の息苦しさみたいなものもちょっと感じました。このピアノがこれからコンサートで使われるというのなら話は別ですが、お客さんが普通に購入して自宅に運び込むとなると、この特上の状態がはたしてどこまで維持できるのかという逆の心配も頭をよぎります。個人的には、あまり詰めすぎず、もう少し可能性ののりしろというか、どこか余裕を残した調整であるほうが楽器選択もしやすいような気がします。

一流の技術者さんに往々にしてあることですが、各楽器の個性とか性格を重んじることより、ご自分の技術者としての作業上のプライドと信念がまずあって、もちろんそれを正しいことと信じて、結果的にはやや強引かつ一律な調整をされてしまう場合があるとも思います。それでも技術がいいから、ピアノはどれもそれなりのものにはなりはするものの、悲しいかなどれも同じような音になってしまう傾向が見受けられる気がします。

おそらくはその方の中に「理想の音」というものがあって、それが常に仕事を進めるときの指針となっているのだろうと思います。Y社K社のようなピアノであれば、ある意味それもアリで、いい結果が得られることもある程度は間違いないだろうとも思われますが、ディアパソンのようなピアノの場合は、やはり楽器の特性を念頭に置いた上での調整でないと、理屈では正しいことでも、場合によっては裏目に出る場合もあるわけで、本来の能力や魅力が押し殺されてしまう危険性がないとは言い切れません。

どんなにスタインウェイに精通した技術者でも、それがそのままベーゼンドルファーに当てはまるわけではないのと同じようなものでしょうか。航空機はいかに優れたパイロットであっても、機種ごとの免許がなくては操縦できませんが、それは人命がかかっているからで、ピアノで人は死にませんからね。

だれからも平均して評価され、好まれるということももちろん立派なことで、それを技術によって音に具現化するのは簡単なことではありませんが、でも、本当におもしろいもの、尽きない魅力に溢れるものは、なぜか好き嫌いの大きく分かれるものの中に見出すことが多いようにマロニエ君は思いますし、ディアパソンそのひとつだと思います。
願わくば、その特性や長所を理解した調整であってほしいのが我々の願いでもあります。

ディアパソンの最大の弱点は、多くの人がこの素晴らしいピアノに接する機会が、現実的にほとんどないということに尽きるだろうと思います。
接することがなければイイと思うことも、嫌いだと感じることも、両方ないわけですから。

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