パリの野次馬2

前回の続き。

『パリを弾く』の著者新田さんが、「60歳の友人」とレストランで食事中、突然、向こうで女性同士の叫び声が聞こえ、見ると二人の女性が取っ組み合いをしていて、お互いの髪を引っ張り合っており、店内は騒然となったようです。
すると、この社長は「面白いことになってきた!」と言って自ら人混みを掻き分けながらちゃっかり最前列を確保してこの騒動の見物をはじめたとか。
そして言うことは「オペラ座なら3万円はくだらない上等席だ」と子供のように上気した頬を輝かせて二人のレスラーに見入っている、のだそうです。

そのうち犬(フランスのレストランは犬も同行できる)の鳴き声までこれに混ざり込んで、お互い罵詈雑言を浴びせ合っているとか。
この二人のうちの片方の女性は彼氏と犬を連れて来店しており、もう片方は夫と二人の幼い子供を連れている家族連れだというのですから、そんな二人が突如公衆の面前で取っ組み合いをするなど日本では考えられないし、しかも両方の男性は比較的おとなしくしているというのがさらに笑ってしまいます。

反射的に野次馬と化した社長は、最前列で仕入れた喧嘩の原因などを新田さんに報告すると、再び続きを見るためにすっ飛んでいくのだとか。
原因はなんと、この犬が吠えたとかどうしたとかいう、ごくささやかなことだったそうです。

やがて子連れのファミリーのほうが憤慨して店を出ていったそうですが、その際にも自分達が正しいことをまわりがわかってもらえているかどうかを観察しながら去っていったとか。

ケンカの片方が店を退出したことで一段落となり、やがて社長も席に戻ってきて支配人らとこの話をしていると、店のドアがバーンと開いて威勢のいいおじさんが走り込んできたそうです。
なんと犬連れのカップルのほうの女性の父親で、おお!と娘を抱きしめながらも右手にはこん棒のようなものを握っていて、「相手はどこだ?」と言ったとか。

すると例の社長は新田さんにひと言。
「ちぇっ、もっと早く来ないと駄目じゃないか!」

日本では到底考えられない情景ですが、マロニエ君は実を言うとまったくこの社長そのものみたいな人格で、こんな風に陽気に本音を包み隠さずに毎日を活き活きと過ごすことができたら、どれだけ素晴らしくストレスも少ないことかと思います。
マロニエ君もなにを隠そう人のもめ事などくだらないことが大好きで(暴力的なものはその限りではありませんが)、内心「やれやれ!」と思うのに、したり顔で割って入って「まあまあ」などと利口者ぶってなだめる奴が一番嫌いです。そんな奴に限って、自分は立派で、大人で、善良で、道徳的で、人として正しい態度を取っているつもりなのですから救いようがありません。

日本人が欧米人に比べると、多少引っ込み思案で遠慮がちなことぐらい、もちろん自分が日本人なのでわかっていますが、それにしても今どきのどうにもならない閉塞感はどうかしていると思います。

心の中はひた隠して、うわべの振る舞いや言うことだけは立派で、そういう人がうわべだけで評価される社会。ああ、彼の地は、なんと羨ましいことかと思いました。

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