1905年製のB

またまたCDのワゴンセール漁りの話で恐縮ですが、今回はマロニエ君にとってはかなりの掘り出し物となりました。

輸入盤で、Ko Ryokeというピアニストの演奏するバッハのパルティータ第1番、ベートーヴェンのソナタop.109、ショパンの第3ソナタが収録されたCDを手にとって見ていると、使われた楽器が1905年製のスタインウェイBということが記されており、マロニエ君はこういう古い楽器で録音されたCDといいますか、要するにそういう楽器で演奏された音楽を聴くのが好きなので、当初の販売価格の1/3以下の値下げになっていることも大いに後押しとなり、躊躇することなく買ってみました。

Ko Ryokeというピアニストはこれまでに聞いたこともなく、はたしてどこの国の音楽家なのかさえわからないままでしたが、帰宅してネットで調べてみると、なんと領家幸さんという大変珍しいお名前の日本人ピアニストであることにまず驚き、さらには60歳という若さで、なんと今年の5月25日に逝去されたばかりであったことを知り、それからまだ2ヶ月ほどしか経っていないという事実に、重ねて驚いてしまいました。

このCDはドイツで2009年に収録され、PREISER RECORDというレーベルから発売されたもので、使われた楽器はこの時点で104歳のスタインウェイBというわけで、なにやらとてつもなく貴重なCDを手に入れてしまったことにあとからしみじみ実感が湧いてきました。

演奏は、奇を衒ったところのない真っ直ぐなもので、このピアニストの誠実さを感じさせるもので、録音もきわめて優秀。しかもついこの5月に逝去されて間もないことを思うと、その演奏を聴くにつけいやが上にも人の命の生々しくも儚さのようなものを感じてしまいました。

その音ですが、104歳なんてとても信じられない色艶にあふれた、まさに熟成を極めたオールドスタインウェイの音で、その色彩感、透明感、輪郭のある溌剌とした音と響きは、現代のピアノがとても敵わない風格とオーラを持っていました。パワーや音の伸びにもまったく衰えを感じず、この時代のスタインウェイの底力を見せつけられる思いです。
サイズも中型のBですが、ごく稀に現代のB型で録音されたものを聴くと、もちろんありふれたピアノよりは美しいけれども、やはりサイズからくる限界と、どこか狭苦しい感じ、ふくよかさが足りない感じを受けてしまう場合が少なくありません。ところがこのCDを聴いている限りに於いては、まったくそういう部分は感じられず、あえて意識すれば若干低音域で迫力が足りないことを若干感じなくはないものの、そうと知らなければ、これがB型だと気付く人はほとんどいないだろうと思われるほど、どこにも不満のない、本当に素晴らしい楽器でした。

同時に、オールドヴァイオリンにも通じるような使い込まれた楽器だけがもつ深い味わいと、無限の創造力をかき立ててやまない奥行きがあって、なぜ現代のピアニストはこういう美しい音の楽器にもう少しこだわりを持たないのだろうと思わせられてしまいます。

しかも古い楽器の凄味を感じるのは、それがどんなに華麗で明瞭で艶のある音をしていても、少しも耳障りな要素がない点です。耳障りどころか、むしろ深い安息や喜びを感じさせてくれるのは、やはり楽器というものは良い材料で作られ、演奏されることを重ねながら時を経るぶん、新しい楽器には決してない芳醇なオーラがあふれてくるのだろうと、いまさらのように思います。

こういうピアノはわざわざブリリアントな音造りなどをしなくても、楽器そのものが充分に、必然的に、本当の意味での華やかさを根底のところで持っているようで、現代のピアノはそういった往年の本物の音の良い部分をちょっと現代化し、かつ短期間で模倣するために、あれこれと科学技術を使っているようにしか思えなくなってしまいます。

いわゆる古楽器ではなく、モダン楽器の古いものというのは、マロニエ君にとって本当につきない魅力があることをまざまざと感じさせられたCDでした。
この楽器で録音に挑んでくださった領家幸さんには心からの敬意と感謝とご冥福をお祈りします。

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