大器発見

録り貯めしているNHKのクラシック倶楽部の中から、今年の4月のトッパンホールでおこなわれたラチャ・アヴァネシアンのヴァイオリンリサイタルを聴きましたが、ひさびさにすごいヴァイオリニストが登場してきたというのが偽らざる印象でした。

曲目はドビュッシーのヴァイオリンソナタ、ファリャ/クライスラー編;歌劇『はかなき人生』より「スペイン舞曲」第1番、チャイコフスキー/アウアー編;歌劇『エフゲニー・オネーギン』より「レンスキーのアリア」、R.シュトラウス/ミッシャ・マイスキー編;「あすの朝」、ワックスマン;カルメン幻想曲など。

冒頭のドビュッシーのソナタの開始直後から、ん?これは…と思わせるものがムンムンと漂っています。アヴァネシアンはまだ20代後半のアルメニア出身の演奏家ですが、要するに大器というものは聴いていきなりそれとわかるだけの隠しおおせない力や個性があふれているという典型のようで、確固とした自分の表現が次から次へと自然に出てくるのは感心するばかりです。

技巧と音楽が一体となって、聴くものを音楽世界へとぐいぐいといざなうことのできる演奏家がだんだん少なくなってくる最近では、小手先の技術は見事でも、要するにそれが音楽として機能することのないまま、表面が整っただけの潤いのない演奏として終わってしまうのが大半ですから、アヴァネシアンのいかにも腰の座った、力強いテンションの漲る演奏家としての資質は稀少な存在だと思います。

演奏の価値や形態にも様々なものがあるは当然としても、このように、とにもかくにも安心してその演奏に身を委ね、そこからほとばしり出る音楽の洪水に身を任せることを許してくれる演奏家が激減していることだけは確かで、そんな中にもこういう大輪の花のような才能がまだ出てくる余地があったということに素直な喜びと感激を覚えました。

演奏中の表情などもタダモノではない引き締まった顔つきで、尋常ではない高い集中力をあらわすかのような目力があり、その表情の動きと音楽が必然性をもって連動しているあたりも、これは本物だと思いましたし、太い音、情熱的な高揚感、さらには極めて力強いピッツィカートはほとんど快感といいたいほどのものでした。
まだこれというCDなどもないようですが、マロニエ君にとって今後最も注目していきたい若い演奏家のひとりとなりましたが、時代的にはこういう人があまりいないのが非常に気にかかる点ではあります。

ピアニストは、このコンサートで共演していたのはリリー・マイスキーで、チェロのミシャ・マイスキーの娘さんであることは、名前が出てから気付きました。両親によく似た顔立ちで、彼女が小さい頃の様子をむかしミシャのドキュメントで見た記憶がありますが、その子がはやこんな大人になっていたのかと驚きました。

演奏自体は、これといって傑出したものもなく、全体に線が細いけれども、それでも音楽上の、あるいはアンサンブル上の肝心要の点はよく知っているらしいというところが随所に感じられたのは、やはり彼女が育った場所が世界の一流音楽家ばかりが行き交う環境だったということを物語っているようでもありました。

決して悪くはないとは思いましたが、なにしろヴァイオリンのアヴァネシアンとのバランスで云うなら、残念ながら釣り合いは取れていないというのが正直なところです。それでもこの二人は各地で共演をしているようなので、何か波長の合うものがあるのでしょう。
それはそれで大事なことですが、ここまで傑出したヴァイオリンともなると、共演ピアニストももっと力量のある人であってほしいと願ってしまいます。

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