パユのモーツァルトを褒められなかったばかりなのに、また似たようなことを書くのもどうかと思いましたが、まあ主観的事実だからお許しいただくとして、同じくNHKのクラシック音楽館で、かなり前に放送録画していたものをやっと見たので、そこからの感想など。
6月のN響定期公演で、チョン・ミョンフン指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第21番とマーラーの交響曲第5番というプログラム。ソリストはチョ・ソンジンで、この人は何年か前に浜松コンクールで優勝した韓国の若者ですが、伝え聞くところではわりに良いというような話で、実はマロニエ君は韓国には意外に好きなタイプのピアニストが多いので、そういう点からも機会があれば一度聴いてみたいものだと思っていました。
知人が主催する音楽好きの集まりで、そこに居合わせた年配の方が云われるには、福岡で行われたあるオーケストラの演奏会にこのチョ・ソンジンが出演し、ショパンの第1番を弾いたとのこと。その解釈といいテンポといいその方は大変満足であったという話を聞いたことがあったこともなんとなく覚えていました。
チョ・ソンジンは浜松コンクールで優勝したためか、わりに日本でのステージチャンスが多いようですが、マロニエ君は残念ながら彼のピアノは1音たりとも聴いたことがなく、今回が初めてということになりました。
前回、N響とモーツァルトは相容れないものがあると長年マロニエ君が感じてきたことを書いたばかりで、その印象は今でも変化はありませんが、しかし指揮がチョン・ミョンフンともなると、明らかにいつものN響のモーツァルトとは違った水準に達しているのは、さすがに指揮者の力だなあ!とこのときばかりは感心させられました。
それはこのハ長調の協奏曲の出だしを聴くなり感じるところで、演奏の良し悪しや好みは、だいたいのところはじめの1分以内に結論が出てしまうようです。
さて、今回一番の興味の対象であったチョ・ソンジンですが、こちらはその出だしからして、んんん?と思いましたが、残念ながら最後までその印象が覆ることはなく、いささか期待が大きすぎたというべきか、はっきり言ってマロニエ君としてはいささか同意しかねるタイプのピアニストでありました。
あくまで個人的な印象ですが、「ピアノの上手い少年」という域を出ておらず、モーツァルトの語法というものがまったくわかっていないで弾いているように見えました。どんな曲も同じスタンスで彼は譜面をさらって、せっせとレパートリーを増やし、お呼びのかかるステージに出ていくのでしょうか。
曲のいたるところで意味ありげな表情とか強弱をつけてはみせますが、いちいち的が外れて聞こえてしまうし、全体としても表面的でまったく深いところのない、感銘とは程遠い演奏。曲の内奥にまったく迫ったところがないし、音色やタッチのコントロールなども感じられず、強弱のみ。とくに第3楽章は飛ばしすぎの運動会のようでした。
それなのに、顔の表情だけはえらく大げさで、いかにも作品内に潜んでいる大事なものを感じながら弾いていますよという風情ですが、それは内なるものがつい顔に出てしまうというより、専ら観賞用のパフォーマンスのようでもあり、どことなく彼はラン・ランを追いかけているのかとも思ってしまいました。
パユと共通していたのは、チョ・ソンジンも非常に線の細い演奏家ということで、聴く者をその音楽世界にいざない引き込む力が感じられません。彼より優れたピアニストは韓国にはごろごろしているし、これなら、ピアノの名手としても有名なチョン・ミョンフンが自らピアノも弾いて、振り弾きしたほうが遙かに素晴らしい演奏になったことだろうと思います。
はたして韓国内での評価はどうなのだろうと思いますが、韓流スターの中には、日本でしか人気がない俳優もいるとか。まだとても若いし(19歳)、きっと才能はあるのだろうと思うので、ともかくもっと精進してほしいと思いました。